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社会の基底部の鼓動 書評:紙の中の黙示録 三行広告は語る

昨日はなぜか肩が痛くて一日中寝ていました。寝ようと思えば寝れるもんですね。

さて、久しぶりの書評です。著者は佐野眞一佐野眞一 。本書はモノマガジンへの連載に加筆修正を加えたものだそうだ。佐野の著作は読めば必ず「いろいろ取材してるなあ」と素直に感じるので、ついつい古本屋でも手にとってしまう。

さて、本書は三行広告のルポである。三行広告というとちょっといかがわしい感じがするが、本書で追うのもその類のものである。

佐野は、三行広告は「社会の基底部の鼓動をいち早く伝えている」と考えている。ま、わかるな。いまならSEOの流行キーワードでしょうかね。

「社会の基底部の鼓動をいち早く伝えている」という視点を重視しているためだろう、本書では三行広告ではないものも扱っている。黒枠広告や電柱広告、ドヤ街の呼び込み、人探しテレビ番組、謝罪広告、伝言ダイヤルなどだ。

三行広告というのはなぜ怪しく見えるのか。大方は内容と広告主への一種の固定観念だろう。一部上場企業が三行広告を出すなんてことはないだろうが、もしそういう世の中だったらいま感じているようなものにはならかなったと思う。

三行広告は多くの誰かの要望に答えるべくそこにある。それも飾らずに。いや、飾れないと言った方が正しいかもしれない。たくさんの情報を小さなマスの中に埋め込むから、装飾など入れる余裕はないのだろう。ウェブサイトのバナーのようにクリックした先に詳細を掲載するなんてことは望むべくもない。三行で完結させなくてはならない。

私はこの飾らない文字の羅列を見ていると、どこか心の中をえぐられているような気持ちになる。誰かの要望が、飾られず、隠されもせず、公衆の面前で、保存可能な状態で晒されるからだ。

本書には各種広告を取り巻く人々のホンネも随所に出てくる。ところが、このホンネが必ずしも広告主の意図に沿うようなものではない。これがまた心をえぐる。

「社会の基底部の鼓動」はつまり、人間の欲のぶつかり合いなのではないか。一方で三行広告とはまったく別扱いを受ける小奇麗で瀟洒な広告はオブラートに包んで飲みやすくした三行広告にも思える。

オブラートが和らげてくれるのは広告を出す側の欲だろうか、それとも広告を読む側のそれだろうか。いずれにせよ、同じものなら飲みやすい方がいいんでしょうね。

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