昨年からやっている展示なのだが、行きたい行きたいと思いながら忙しくて行けなかった。最終日前日に家内が思い出してくれたので、行ってきました。

ちなみに、うらわ美術館には「リピーター割引」というのがあって、一年以内に観覧した他の展示のチケットを提示すると団体料金でみることができる。私は「ブラティスラヴァ世界絵本原画展-歴代グランプリ作家と その仕事」のチケットを持っていったら100円引きになりました。
さて、実際の展示について。さすがに芸術作品の写真は掲載しにくいので、展覧会の趣旨をうらわ美術館のウェブサイトから引用する。
(うらわ美術館ウェブサイト より)
アーティストたちは、なぜ「本」に惹きつけられるのでしょうか。そしてまた、なぜ「本」の通年(管理人注:通念?)を逸脱してゆくのでしょうか。そこに現代のメディアの多様化と可能性を見ることができるかもしれません。同時に現代のアートが、技法や素材をはじめ様々に脱領域化してゆく傾向を指摘することもできるでしょう。しかしそれでもなお、本がその形態や概念を拡張し、時には機能を剥ぎ取られた1個の「オブジェ」に変容するのはなぜでしょうか。そこにはメディアの多様化やアートの脱領域化傾向だけにとどまらない、目には見えない、しかしそれだけに一層根源的な何かがあるのかもしれません。
この説明にもあるように、私には作品の数々が本に見えなかったし、確かに通念を超えていたように思う。
・・・本展示にあった数々の芸術作品は、芸術としては成り立っているのだろうが、何せ読むところが無いものが多い。本を「綴じたもの」あるいは「文字の寄せ集め」として扱っているように感じる。
・・・読むところがなくても読める本もあるよね。代表例は写真集。あれは文字がないが確かに本だ。ひとつのテーマに沿って並べられた写真には「読まれたい」という気持ちを感じる。そういう意味では展示作品には「読まれたい」という気持ちを感じなかった。
・・・それぞれの作品に説明があるのだが、そのうちのいくつかには「制作当時はほとんど売れなかった」みたいなことが書いてあった。言っちゃ悪いが、売れないのがわかるような気がした。せっかく苦労してつくったのにねえ。せめて読めれば少しは違ったかもしれない。
・・・電子ブックが普及してくと、こういう芸術はどうなるの?本が物質からデータになってしまったら、芸術家たちは通念から逸脱できるだろうか。
いろいろと頭をかき回された展示でした。
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