古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト marginalia.jp
古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト

本ってこうやって読むんだ・・・ 書評:文学なんかこわくない

数年前に比べて随分本を読むようになったと自分では思うし、読み始めた頃に比べて読書に落ち着きが出てきたと思っていのたのだが、本書を読んで「私の読書はまだまだである」と思い知らされた。その一方で、これほど深く本を読んだら疲れきってしまうのではないか、という気もした。

世の中には読書の方法を説いた本が沢山ある。それぞれに読書の考え方があり、参考になることもある。私もいくらか読んできた。これらの本が技術編とすると、本書は実践編と言えるだろう。本をどう読み、どう感じ、どう表現するか。高橋源一郎という先達の手法を知ることができる。褒めすぎですかね?

読書とはかくも奥深きものか・・・。orz

本書は「架空の人物、タカハシさんが本を読む」という設定だ。もちろんタカハシさんとは高橋源一郎のことだ。自分の読書体験を、間に一人挟むことによって読者に複数の方向から話をもちかけてくる。客観的に見る、という感じではないかな。

本書は10章あるが、最初に取り上げている本はオウム出版の本である。オウム出版とは、例のオウム真理教オウム真理教 である。

本書にはオウム本の引用があって、私はその部分を読んだ後「随分、理路整然としているな」と感じた。もちろん一部分でしかないのだから全体も理路整然としているかどうかはわからないが、ここは高橋の引用を信じて話を進めようと思う。

正直いうと「これだとひっかかるヤツがいるだろうな」と思った。私は宗教には興味はないし、たいていはお金の動きで「アヤシイ、アヤシクナイ」を判断するが、そういうことに無頓着な、物事を考えることを厭わない人なら納得してしまうのではないかと思わせる文章だった。そしてその説得力の裏側に、不覚にも私は「正直さ」を感じてしまった。いかん、いかん。

さて、タカハシさんどうだろう。彼はこの文章に「謎」を感じた。まず宗教に関する部分に傍線を引き、傍線の無いところを読んでみる。そうして出てきた感想は「きわめてまとも」である。(ここでは宗教部分の選択が適切かどうかはおいておく)

タカハシさんはここで終わらない。「まとも」という表現が適切かどうか、他の単語ではどうかを検証し、それらの違いを吟味する。私の読書はここまでやらないので、この時点で一歩遅れをとった。

考察はさらに進み、著者の人物像へと踏み込み、さらに戻って文章の謎を解こうとし、結論というよりは新たな発見をする。私はまた一歩、いや二歩は遅れましたね。

こうして一つ一つの本を「解体」と表現しても良いくらい読む、いや、考えるのだ。これでは一冊読むのにどれほど時間がかかるだろうかと余計な心配をしてしまう。それでいて笑えるところもあるのだから、すごいよなあ。

第一章でいきなり「本ってこうやって読むものなんだ・・・」と私は自信喪失である。イジワルを言うつもりはないが、高橋だってすべての本をこれほど深く読んでいるとは思わない。けれど、読もうと思えば読めるだけの能力があるというのは、うらやましい。

これでタイトルが「文学なんかこわくない」である。たしかに文学はそうかもしれんが、私は高橋源一郎の読書のすごさがコワイです。

この本に関するブログ

marginalia?

古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

管理人のプロフィール

ご意見など

お名前
メールアドレス(公開されません)
ウェブサイト

トラックバックURL:

このページの先頭へ
古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト marginalia.jp
古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト
読書占い
Copyrights © 2008-2017 marginalia.jp all rights reserved.