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読む側に要求されることがたくさんある 書評:犬たちの隠された生活

先日のD100に続いて、GR Digital IIも点検のため修理に出すことになりました。家内のXactiも修理中。定額給付金は家電の修理でなくなってしまいました。

さて、本書では人類学者が飼い犬を見続けて発見した犬の隠された生活を紹介している・・・、のだが、正直言うと学者の見解とは思えない。著者が犬を長いこと観察してきたことは事実だし、それによってのみ得られる知見もあるとは思うのだが、科学的裏付けが皆無なので判断に困る。例えば以下のようなくだりがある。

飼い犬のメスと知人の飼っているオス犬ミーシャの間に子供が生まれたのだが、オス犬は子供が生まれたことを知らない。ある日、知人と共に遊びに来たオス犬は、メス犬が子育てをしている部屋に足を踏み入れたとたん動かなくなった。オス犬はどうして仔犬の存在を知ったのだろうか。

(犬たちの隠された生活 より)

仔犬たちはぜんぜん音をたてなかったから、ミーシャに気配が聞こえたはずはないし、においもまったく −すくなくとも人間には− 感じとれなかったから、たぶんにおいを嗅ぎつけたのでもあるまい。かりにそれを嗅ぎつけたのだとしても、そのにおいがなにを意味するのか、どうして彼に認識できたのか。

「たぶんにおいを嗅ぎつけたのでもあるまい」はなかろう。ここで嗅覚を可能性を排除するのはありえない。相手は犬だよ、犬。しかも人間の嗅覚嗅覚 はもっとも慣れやすい感覚だろう。自分がわからなくたって、犬が嫌いな人がその場にいたらわかったかもしれないとは考えないのだろうか。そして最後までこの問題に対する回答がない、つまり疑問に対して答えっぽいものを提示しながら検証はなし。

他にも、寝ている犬が「仔犬が乳を飲むときの口をしたから」その成犬は自分自身の小さかったころの夢を見ていると分析したり、自分がその場にいなかったのに、さもその瞬間を見たような表現もある。

全般的に、初めて目にする事象を自分の既存の知識と想像をたよりにその場で説明しようとする傾向があると思う。犬を飼っている人なら同意できるのかもしれないが、犬を一度も飼ったことのない私にはどうしても非科学的な分析に見える。

一方、分析が非科学的であっても目の前で起ったことの観察までがおかしいとは言えないし、「へー、犬ってそんなことするんだ」と思うところもある。

少し前に同僚と本の話をしていてお互いに同意したことがある。それは「小さい頃は本はすべからく皆”正しいことが書いてある”と思っていたけど、そうでないものがたくさんあると大人になってからわかった。」ということだ。対処は「疑ってかかること」以外にはないように思う。本書は特にそれが必要だろう。

本という文化は、読む側に要求されることがたくさんある。しかし、それは本を読まなくては得られないとも思う。

ジャケットの写真にも触れておきたい。岩の上に佇むオーストラリアのディンゴディンゴ (たぶん野生)は岩合光昭岩合光昭 の撮影である。ま、それはいいのだが、なんで飼い犬の写真なりイラストではないのだろう、本文中にイラストがたくさんあるのに。

飼い犬の中にディンゴが一頭含まれてはいるが、あくまで主役は飼っている犬であって、野生の犬ではない。このデザインでは写真にある犬の解説をしている本と誤解されてしまうのではないだろうか。ちなみに私は誤解しました。どうしてこういう写真を使うのかよくわからん。

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古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

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