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「お釈迦様の手の上にいる猿」の気分になった 書評:インターネット

今日は娘の誕生日。はからずも娘はお釈迦釈迦 様と同じ誕生日である。

さて、まず最初におことわりしておかなくてはならないことがある。本書は1995年1995年 発行、いまから14年前である。コンピューターの世界で14年前ともなれば一昔前どころか、何世紀も前のような感じがする。インターネットではなく、パソコン通信がまだまだ一般的でテレホーダイテレホーダイ がうれしかった、あの頃である。

著者は日本のインターネットの父、海外からは「インターネット・サムライ」と呼ばれることもある(らしい)村井純村井純 だ。

私は「はじめに」からいきなり村井の指摘に圧倒された。引用しよう。

(インターネット より)

本質的に個人主義に立脚してつくられていったアメリカのインターネットと、強い権威と管理主義のもとに築かれてきた知識体系や情報体系に影響されているヨーロッパやアジアのインターネットとは、その意味が相当に違うのです。(中略)インターネットは、個人がどう責任を持って生きてかねばならないのかということを考えていく大きなきっかけとなるはずです。

本書はインターネットの黎明期からを教えてくれる。決して技術的な難しい話が書いてある訳ではない。14年も前の本なのに、いま起っているインターネットでの諸問題に対する様々な考え方を提供してくれる。私は読みながら「お釈迦様の手の上にいる猿」の気分になった。ウキッー!

「本質を理解する」ということは時代を先取りできるということなのだ。

いま、インターネットをめぐる様々な議論があるが、私はあまり好きになれないことが多い。なんとなく的外れな印象を受ける。インターネットは個人の電子的な集まりだからいろんな人がいる。それを実感できていないのではなかろうか。

交差点を渡るとき、いろんな人とすれ違う。しかしそれぞれがどんな人かまでははわからない。わからないことを悪いことだとは誰も思わない。マスクにサングラスをして歩いている人だってたくさんいる。袖触れ合う距離にいる相手がぶっそうなプラカードを持って歩いていても、交差点が悪いわけではあるまい。

インターネットが一般に普及してからまだ10年もたっていない。10年弱インターネットを触ったくらいで、人の本質は変わるだろうか。私はいま起きている様々な問題の原因はインターネット普及以前にすでに存在していたのではないかと思っている。高度成長期に個人の価値観が多様化しすぎてしまったと思う。

人類はインターネットの使い方をめぐってしばらく悩むより他あるまい。本書は、幸か不幸かこんな時代に、インターネットで、この文章を読んでいる、そんなあなたにオススメの一冊である。14年前の本だからこそ、いま読んでおもしろい。技術的な話がどうしてもダメなら「まえがき」、3章「メディアとしての可能性」、5章「インターネットの重要課題」がオススメである。

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古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

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コメント / トラックバック

  1. アクトヘアースタジオ
    2009年04月09日 木曜日 11時12分

    娘さん、誕生日おめでとう!

    健やかに!

  2. 管理人
    2009年04月09日 木曜日 23時18分

    アクトヘアースタジオさん

    ありがとうございます。娘曰く「今日で3歳! あしたは4歳!」本人はあまりよく解っていないようです。

  3. […] 以前、村井純の「インターネット」を読んだ時は、その先見性に舌を巻いたのだが、本書では糸井の洞察力に舌を巻くことになった。はじめに断っておくと、本書の初版は2001年、いまか […]

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