昨日は自転車を修理に出し、その帰りに遊歩道でやっているさくら祭りを見てきた。満開です。帰ってきたら疲れて寝てしまい、起きて夕飯食べて、また寝てしまった。
さて、本書は3〜5ページのミステリーが37話収録されていて、どの話もちゃんとした小説のように場面設定やら登場人物やらの描写がなされている。そして一話読み終えるごとに質問が出される。読者は本文から謎解きをして、答え合わせをするのだ。
私は37問のうち3問正解、正答率は8.1%。
これはちょっとなあ。
「謎解きミステリーの定義ってなんだろう」そう思わずにはいられなかった。謎解きのヒントとなるべき知識を、本文中にあるものだけに限るか、それとも、読者それぞれに違うであろう個人の知識も含めるかということである。本書は後者で、つまり知らないとぜーんぜんわかんない。答えを聞いても「だからどうした」と逆ギレしてしまう。
例えば「エリー湖周辺で、暑い六月の夕方、近くに沼がある家の前に座っていることはできない。なぜなら蚊の大群に食われるからだ。だから、当時そこにいたという証言は疑う余地がある」と言われて「な、る、ほ、どー!」って納得できる?
証人「オレは蚊に食われない。日本の蚊取線香
を愛用している。」
と言われたらどうするんだ?きっと著者は蚊取線香を知らないだろう。
裁判官「よって、当法廷は証言を有効と認める。判決、有罪。」
描写方法もちょっとなあ。決定的な(と、著者が考えている)証拠を短い本文中に隠そうとするからだろうが、どんどん該当部分が小さくなっていくし、周りの描写は大げさになる。描写が凝っているから事実を抜き出すのがメンドウで理論的に考えたいという気持ちも失せてしまう。
本書が繰り出す最大のミステリーは「Q. 日本人はコレで楽しめるのか?」
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