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何十年も前から変わらないのは本だけ 書評:古書彷徨

出久根達郎の古書三部作のうちの一冊。初版は1987年で21年前である。エッセイ、書き下ろしのミステリーなど、様々な作品を集めて一冊にしたものだ。ひとつひとつがなかなか面白く、読んでいて飽きない。飽きないが一冊読み終わってもあまり充実感がない。単なる寄せ集めで終わってしまっているのだ、残念である。

本書には古本屋にやってきては去って行く印象深い客の話も掲載されている。思い出の本を探す、手放す。そういう瞬間に立ち会うことになる、いや、それを現金に換算することになる古本屋にはいろいろと複雑な想いもあることだろう。本一冊に注がれている想いは客それぞれであるが、当人以外にはそれほどの価値は無いものであることもまた確かである。

私は好きな本はあっても、これといって思い出深い本は無いように思う。思う、というのはこれからなんかの拍子にふと思い出して思い出の本になるかもしれないからだ。

思い出の本というのは一度手を離れるところに生まれる。

私は中学の頃に卒業した小学校に行ったことがある。その時「校舎ってこんなに小さかったっけ?」と驚いた。低い天井に狭い廊下。小学生のとき、背が小さくて整列ではいつも前の一番二番争いをしていた私は校舎をとてつもなく大きなものに感じていたのである。

子供の頃の記憶なんてかなりアヤシイので、小さい頃に一度手を離れた本は予想以上に美化されているはずだし、目の前にソレがあってもだいぶ印象は違うだろう。そういえば以前「絵本についての、僕の本」で触れたおしゃべりなたまごやき」の鮮やかだった赤は、いまの私にはくすんで見える。

本書にもそういう客が出てくる。結婚間近と思しき幸せそうな美男美女が来店し、女性は小さい頃に読んだ多色刷りの絵本を探してほしいという。それはとても豪華な本だったと言う。いま目の前に王子様がいる女性にとって「しんでれら」の思い出は、数々の思い出の中でもひときわ輝いていたことだろう。

版元もわからないその本の探索は難航する。その間に依頼主は時々顔を見せるが、そのうち顔を見せなくなった。ある日転居通知が来たが住所には「○○方」とある。誰かの元に身を寄せているということだ。10年の間に依頼主の境遇は移り変わって行く。

そうして古書店主はついに「しんでれら」を入手する。依頼を受けてから10年が過ぎていた。しかし、古書店主は結局その本を客に届けることはしなかった。

「しんでれら」はザラ紙10枚くらいを綴じたみすぼらしい本だった。

何十年も前から変わらないのは本だけである。

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古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

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