古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト marginalia.jp
古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト

男性らしさ、女性らしさ 書評:三月は深き紅の淵を

こういうのって荒削りって言うのかな。情景の表現や場面の色をスッと変えるのが上手いのだが、全体的にまとまりに欠けるような気がする。いわゆる不協和音不協和音 のようなものを目指しているように見えるのだが、和音にはなりきれていない、とでも言おうか。

内容は「三月は深き紅の淵を」という本にまつわる話が四つか三つある。正直第三章がその本とどう関係しているのかわからない。ところが私は第三章が一番読みやすかった。第一話は整合性もあるが正直オチがイマイチ。第二話は登場人物の行動が不可解。第三話はそれなりにおもしろい。第四話は話が複雑で非常に読み辛いが、複雑さが功を奏しているように思えない。

すごく微妙な小説だ。ツマラナイと言えないものがある、が、おもしろいかと言われると「うーん・・・。」

著者は恩田陸恩田陸 である。私は名前だけ見て、なぜか男性だと思い込んでいた。本書の物語中でも「三月は深き紅の淵を」の著者の性別を登場人物が議論する場面が複数ある。登場人物たちが文章の雰囲気からそれぞれの印象を語り、筆者は男性か女性かはたまた合作かを議論する。ときには生活の様子や生い立ちといったところまで推測をする。

私はそれらの部分を読みながらも結局恩田は男性だと思っていた。Wikipediaで女性と知って驚いた。読み返してみても、別に男性のような文章って風でもないのだが。

私は異性がするようなことを人前でする人は苦手だが、いまはそういうのも売りの一つになるようで、どうもしゃくぜんとしないことがよくある。たまに苦手を通り越してイライラすることもあるが、そういうのを気にしないようにしようとするとなぜか私がその人を見下しているような感じがしてしまい、これまたストレスになる。日常では男性は男性らしく女性は女性らしくあって欲しいと思っているが、進歩的な人々に言わせるとそれはそれで偏見となるのだろう。けど、性別らしさがなくなったら生物学的に人類は滅ぶぞ、たぶん。

けれど、こういう考えは文学の世界には無縁だ。男性が女性らしい文章を書いてもその逆でも、読者に訴えるものがあればそれでいいのだから。

marginalia?

古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

管理人のプロフィール

コメント / トラックバック

  1. アクトヘアースタジオ
    2008年08月12日 火曜日 07時47分

    >男性は男性らしく女性は女性らしくあって欲しいと思っている
    全く同意。

    だから進歩的な女性である女房の言動がいちいち気に障る。(笑)

  2. 管理人
    2008年08月12日 火曜日 22時28分

    アクトヘアースタジオさん

    >だから進歩的な女性である女房の言動がいちいち気に障る。(笑)

    この件に関しては奥様の前では触れないようにしましょうね。

  3. k
    2009年12月10日 木曜日 19時35分

    男らしさ、女らしさ、というのは、生物学的にみると、曖昧な点が多いんですよ。我々は両方のホルモンを持っていますしね。たとえば、クラインフェルター症候群などをご存知ですか?生物は多様です。生物はもともと単性生殖から始まっております。また、女性ホルモンなどは30代半ばで、男性ホルモンより劣勢となり、当然のことですが、女性はその年齢ころから男性化します。そのような事実を勘案したうえで、それでも結婚という制度を受け入れたのなら、奥様の言動にも我慢なさる他ないでしょう。それができないのなら、さっさと離婚されて、生物学的な女性(若い女)を本能のまま御求めになれば良い。ところで、女性から見て、あなた方男性もこのような駄文を連ねるほど、女々しくなっているという点もお忘れなく。ブログなど、女々しい俗悪主義である、と一昔前の「男」ならそう考えるでしょうね。

  4. 管理人
    2009年12月11日 金曜日 01時42分

    kさん

    再度このブログにおいでいただけるかどうかわかりませんが・・・

    >あなた方男性もこのような駄文を連ねるほど、女々しくなっているという点もお忘れなく。

    まあ、私がkさんのおっしょるように女々しいとして、kさんも「女々しい男性」に抵抗があるという理解でいいのでしょうか。

    kさんのおっしゃる”一昔前の「男」”というのがどういう人を指すのか知りたいところです。私はたぶんkさんのおっしゃる一昔前の男ではないし、きっとkさんも違うと思います。

    振り返ってみると、私には「一昔前の男性(あるいは女性)ならどうだったろうか」という視点は無く、「一昔前の男性」を考えるときは無意識に「一昔前の大人」に置き換えていたと思います。

    たぶん、私には「男性らしさや女性らしさというものは時代が変わってもあまり変わらない」という意識があるのだと思います。

ご意見など

お名前
メールアドレス(公開されません)
ウェブサイト

トラックバックURL:

このページの先頭へ
古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト marginalia.jp
古本市・本の買取・読書グッズの情報サイト
読書占い
Copyrights © 2008-2017 marginalia.jp all rights reserved.