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ムリに言葉にする必要はない 書評:獅子よ瞑れ アフガン1980‐2002

二人の距離。

直木賞作家が無断使用 謝罪、連載打ち切りというニュース。直木賞作家と言えど血迷うことはあるんだな、そして、やっぱりばれるんだよな。

世の中にこれほど文章がたくさんあって、その中のいくつかに惹かれてしまった時、一線を越えてしまう。この魔力はいったいなんなのだろうか。

無断使用に限らず、一瞬、ほんの一瞬魔が差すというのはありそうな話だ。

けれど、印刷物は原稿を出してから印刷が完了して、書店に並ぶまで随分と時間がある。印刷が完了してしまえば、かなり後戻りしにくいが、自分の今後の作家活動を考えればそこで自己申告すべきだろう・・・、と言うのは簡単だが、これも難しい。自分の単行本なら出版差し止めでもいたしかたないが、他の人の作品も掲載されている文芸誌を差し止めるのは相当勇気がいるだろう。

まあ、無断使用した人のことはこの際どうでもいいとして、無断使用されたのは長倉洋海。日本の戦争写真家として第一線で活躍している。久しぶりに長倉洋海の名前を見かけたので、ちょっと書いてみる。

長倉洋海は私が大好きな写真家の一人だ。「獅子よ瞑れ―アフガン1980‐2002」という写真集を持っている。この写真集はイイ。

アフガニスタンの指導者アフマド・シャー・マスードアフマド・シャー・マスード とその仲間たちを撮影したものだ。反タリバンの指導者として活動してきた彼を、長倉は長い時間をかけて撮り続けてきた。

しかし、2001年9月9日、マスードは暗殺される。(直接的な関係はないと思うが)この二日後、超大国アメリカ合衆国は恐怖のどん底に陥る。俗に言う9.119.11 だ。そして、その二日後・・・、私は三十路に突入した。だからどうした。

私はマスードのしたことが正しいとか正しくないとか、そんなことに興味はない。ただ、長倉の写真を見ていると、どうしてもマスードは戦争をしたくてしているようには見えない、それがせつない。

たとえ志が同じとしても、たいして知りもしない人間の命を彼は預からなくてはならない。なんとつらいことだろう、想像を絶する。

人間、どんな集団であってもリーダーとして認められるにはそれなりのモノが必要だ。まして自分の命を預ける指導者ともなれば、その信頼はある意味では親以上のものがあるだろう。でもやっぱり一人の男なんだよ、そんな声が聞こえてきそうな写真集だ。たくさんの人々に囲まれながら、なぜか孤独が透けて見えるような気がする。写真が何かを語っている写真集だ。ホントにイイ。

写真にあるマスードの表情は、長倉との関係を端的に表している。17年に渡る交流は国籍や思想の違い、置かれている立場の違いを超えた何かがある。信頼という言葉で片付けるのは簡単だが、私はもっと違うものではないかと感じている。

認め合う、とも違う。友情、でもないな。近さというよりは、遠さではないかと思う。遠さというよりは、距離だ。長倉とマスードの距離。二人の距離がどの写真からも感じられる。私の表現としてはこれが限界だ。

けれど、それをムリに言葉にする必要はない。写真だけで十分だ。

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