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恥ずかしくない程度には使えないとね 書評:頭がいい人の敬語の使い方

今日はエイプリルフールだ。なんかウソでもついてみようかと思ったけどやめることにする。

さて、タイトルの本。頭がいい人かどうかはともかく、やはり敬語はそれなりに使えないと損をする、と思う。なぜなら、本人も敬語を使うべきと思う場で使えなくては話もできない。だまってその場に立っていればいいならそれもいいが、それならもともと行かなければいいはずだ。

敬語をつかうべき相手との話は、それなりに含蓄があるものだ。そういう機会をただ聞くだけにしておくにはもったいないのではないだろうか。ときには疑問に思うことを素直に聞いてみる、そのためには敬語は使えなくてならない。

以前「気持ちが伝われば、敬語は間違ってもいい。」という言う人がいた。

気持ちが伝わればいい、というのは敬語を使われる側の言い分、それも心の広い人のそれであって、敬語を使う側の言うことではないだろう。

気持ちとしては「気持ちが伝われば・・・」というのも理解できなくはない。ここが敬語の意義をを語るときに最もメンドウなところだ。けれど「急いでやってきたことがわかれば遅刻してよい。」とは誰も言うまい。敬語とはそういうものだ。

普段私たちはどうやって敬語を学ぶのか。それは普段まわりにいる人が使っている敬語を聞いて学ぶのが一般的だろう。一方、たまにはこういう本で振り返ってみるのも大切なことだと思う。もちろん私もそういう目的で買ったのである。

帯には「使ってませんか?『とんでもございません。』」の文句。恥ずかしながら私は使っていた。正しくは「とんでもないことでございます。」だそうだ。けれど、これはどうも私にはしっくりこない。場合によるが「お気遣いありがとうございます。」で代用しようと思っている。いろいろと参考になる本だ。

しかし・・・、しかしである。

どうも諸手を挙げて「いい本だ。」と言えないのだ。というのも組版があまりに雑だ。言葉を扱う本でなければ私もこんなに引っかかることはないだろう。本は読めればいいのか?これも敬語の意義と同じだ。やはりちゃんとすべきはちゃんとしないと、無意味に評価を下げてしまう。

私が持っているのは5刷である。文字と文字が重なっている、漢数字の「二」がカタカナの「ニ」になっている、紙面が足りないからと安易に級下げする(字の大きさを小さくする)。初版からこうだったとは思えないような間違いなので、5刷だけだと思うがあまりにヒドイのではないだろうか。

読みながら、なんか脱力してしまった。著者に責任はないのだが。

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