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想像力がなくなったと嘆く前に 書評:砂漠でみつけた一冊の絵本

著者は、いま大人こそ絵本絵本 を読もう!と活動をしている作家柳田邦男柳田邦男 。砂漠とは潤いのなくなった大人たち、現代社会の暗喩である。砂漠で見つけた一冊の絵本によって人生がより豊かになる、そう著者は説く。

私も大人が絵本を読むことはとても良いことだと思っている。しかし、それだけではダメだとも思っている。絵本は読みやすい。絵が多くて文章も平易で何よりイヤなことが書いていない。

著者は大人になってから絵本を読むと「それまでの経験が重なり合い、絵本そのものが深みを増す」とする。これ自体は私もそう思う。しかし、同じことを私が言葉で表現するなら「大人は経験が豊富な分だけ、良くも悪くも絵本を自分の都合のいいように受け取る」である。ひねくれてるかな。

都合のいいように受け取った文章は人生に深みを与えない、人生をより自分の殻に閉じ込めると私は思う。そういう理由で絵本は諸刃の剣だと思っている。

では、なぜそれを私が勧めるのか。喩え殻がいま以上に固いものになろうとも、変化がないよりはマシだと思うからだ。

子供は想像力が豊かだとよく言われる。子供を授かったいま、私は本当にそうだろうかと思うこともよくある。

我が子可愛さで、その所作を想像力が豊かだとするのはマズイのではないかと思うのだ。子供を「想像力が豊かだから」とひとくくりにして、いまの生活に不平不満のある自分を納得させていないだろうかと心配になる。

だいたい、子供の想像力が豊かだと思うような瞬間に巡り会うことを大人はやらない。絵も描かないし、砂場で遊んだりもしない。大人であっても、何かしらモノで遊んでもらえば、自分では考えなかったようなことがたくさん出てくるのではないだろうか。

それに子供に与える課題はずべからく、無意味なものだ。小難しいことも、ましてや想像力を問われることもない。

大人に「おとうさんとおかあさんをクレヨンで描こう!」と言ったら、子供と変わらないものが出来上がるのではないだろうか。絵がヘタな私はその自信があるゾ。いつだったかドラえもんドラえもん を描いたら、得体のしれないものになった。

大人になったいま、子供のような想像力が欲しいかと言われると私はいらないと答える。想像力は欲しいし、心の豊かさ(それが何なのかはまだわからん)は欲しいが、子供のそれはいらない。

昨今レトロレトロ ブームは一時の流行を超えて、一つの分野となっているように思う。しかし、人々が望むのは昔と同じものではない。より洗練された古さである。それと同じ。

大人が口で言う想像力は子供の想像力ではなく、大人としての想像力ではなかろうか。子供のちょっとした所作で自分の目の前がパッと開けるということはよくあるだろう、しかしそれは子供の想像力とは何の関係もない。その瞬間の想像力は、自分自身のもの、大人である私やあなたのものだ。

子供の想像力に憧れるのではなく、自分の想像力を信じたい、そう思う。

絵本を読もう。文字の少ない、安直に一冊読み切ったという満足を得られる絵本で、変化を促そう。そして、文字ばかりの本を頭の中で絵本にしてしまおう!

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古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

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