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インターネットを使う人も、使わない人も。 書評:インターネット的

著者は糸井重里糸井重里 である。私の中では長らく「糸井 = “おいしい生活”」という図式だったが、最近は「糸井 = ほぼ日手帳」になりつつある。

本書によれば「インターネット的」とは、インターネットを「自動車と道路のセット」と考えた場合の「モータリゼーション」にあたる。

私からすると、ここら辺からすでに糸井全開って感じ。

私の中では糸井のコピーは「どこか日本語としては微妙な使い方なのだが、感覚的には正しい」という印象がある。それが正しすぎてイヤになるのが「おいしい生活」だ。

以前、村井純の「インターネット」を読んだ時は、その先見性に舌を巻いたのだが、本書では糸井の洞察力に舌を巻くことになった。はじめに断っておくと、本書の初版は2001年、いまから9年も前。

「インターネット的」のキーワードは三つ

糸井は本書で「インターネット的」のキーワードとして三つあげている。

  • リンク
    一見不要な情報からのつながりに可能性がある
  • シェア
    おすそ分けをすることによって得られる喜びがある
  • フラット
    既存の価値体系が崩れる

これらを踏まえた上で「インターネット的」がどんなものなのかを説明していく。インターネットの解説ではないのだ。

本書はインターネットを使っている人にもオススメできるが、インターネットを使っていなくて、なおかつ、その注目度に疑問や嫌悪を感じている人にもオススメできる。

ポロッと出てくる命名が印象的

文章はとてもわかりやすくて、読みやすい。さすがコピーライターだ。加えてときどき出てくる糸井の法則につける名前とでも言えばいいのか、そういうのがまたすごいんだな。

例えば「寝返り理論」。糸井がコピーを考えるときに使うものだそうで、人が無意識に感じている不自由を見つける手法を言うのだそうだ。

他にも言いようがありそうだが、「寝返り」を「無意識の不自由」と解釈するその感覚がうらやましい。これほど身近な柔らかい表現がよく出てくるな、と感心する。

梅田望夫の「ウェブ進化論」を読んだ時も感じたのだが、名前のつけ方がうまいってのは才能の一つだ。

いま「ウェブ進化論」の記事を読み直してみると、前述の「シェア」に相当するものについても触れている。こういう人達って、目のつけどころも似てくるんですかね。

「インターネット的」にはパソコンすら不要

本書は9年も前の本なのに、いまのネット業界の有様の説明を読んでいるような気がしてしまう。

村井はインターネットの技術面から本質を知り、それによって現在を予見していたけれど、糸井はインターネットを使う側の心理を通して本質を見抜いているように思うな。

インターネットが偉いわけではない。インターネットは人と人をつなげるわけですから、豊かになっていくかどうかは、それを使う人が何をどう思っているのかによるのだとぼくは考えています。極端なことを言うと、”インターネット的であるためには、パソコンすら必要ではない”ということもあり得るわけです。(インターネット的 プロローグ より)

「インターネット」よりも「インターネット的」の方が確かに私たちには身近で重要なことではないだろうか。加えて「インターネット的」なことは、インターネットを使わない人間にも大きな影響を与えるのは間違いないよね。

糸井は、ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)を始めてから「インターネットにつながっている人たち」よりも「つながっていない人たち」に伝えたいと思うようになったと書いている。

「そんなこと、できるの?」と思ってしまうけど、その結果は一日の総ページビュー約140万と言われるアクセス数だ。まあ、必ずしも「つながっていない人たち」への結果とは言えないかもしれないけど。

ここまで成長したほぼ日を抱えている糸井に「いまのインターネット的」を聞いてみたいな。

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古本や古本市、本の買取、読書グッズ、本棚・書棚などについて書いています。私は読書が好きだし、楽しいことだと思っています。皆さんにも読書のある生活を楽しんでもらいたいと思ってます。

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